平成29年第3回定例市議会一般質問②

平成29年第3回定例会一般質問の報告、2回目の今回は、国、北海道および夕張市の三者協議(以下「三者協議」という)について質問した内容について報告します。

 

まず、三者協議とはそもそも何のために、誰が、どのような協議をしているのかについて説明しようと思ったのですが、言葉にしようと思うとなかなか難しい。そこで、分かりやすく説明されているものが無いかと思いネットを検索したところ、鈴木市長が日経の取材に答えている記事が一番わかりやすかったのでご紹介します。

https://style.nikkei.com/article/DGXBZO67306760U4A220C1000000/

 

平成24年から毎年開催されてきた三者協議は、今年で6回目となります。

【過去の三者協議の概要】

  •   第1回目(平成24年)〜市から45項目の課題を提示しそのうち17項目について協議

https://www.city.yubari.lg.jp/gyoseijoho/sansyakyogi/sansyakyogi01.files/h24gaiyo01.pdf

  • 第2回(平成25年)〜市から70項目の課題を提示しそのうち18項目について協議

https://www.city.yubari.lg.jp/gyoseijoho/sansyakyogi/sansyakyougih25.files/gaiyo.pdf

  • 第3回(平成26年)〜市営住宅再編事業、地域活性化に資する市の取り組み、公共施設老朽化対策等に項目を絞って協議

https://www.city.yubari.lg.jp/gyoseijoho/sansyakyogi/sansyakougih26.files/h260808sokuho.pdf

  • 第4回(平成27年)〜CBM試掘や市立診療所の移転改築、保育料の負担軽減などについて協議

https://www.city.yubari.lg.jp/gyoseijoho/sansyakyogi/sansyakougih27.files/h270825gaiyo.pdf

  •  第5回(平成28年)〜「夕張市の再生方策に関する検討委員会」の提言を受け、財政再生計画の抜本的見直しに向けた協議

https://www.city.yubari.lg.jp/gyoseijoho/sansyakyogi/sansyakyogih28.files/161028gaiyo.pdf

 

 

これまでの三者協議では、本市において発生している新たな課題について三者で共有し、解決の方向性を協議するといったものでありました。

私の個人的な捉え方としては、財政再生計画策定から何年もの時間が経過する中で、次々と新たな課題が発生したり、(社会保障・税の一体改革など)国の制度自体が変更となったりするものの、財政再生計画に登載されていない出費については、国と道の許可が必要となることから、「今、夕張では○○な課題があり、その解決のために○○の事業を実施する必要がある。そのために、○○万円の出費が必要となります。この点について、国と道の許可をお願いしたい」ということを話し合ってきたのだと思っています。

しかし、今年3月に財政再生計画の抜本的見直しが実現したことで、これまでとは三者協議のあり方が変わっていくことが想定されます。そこで、以下の点について市長に質問しました。

1.      三者協議の進め方や協議内容がこれまでと大きく異なった点があったのか

今回の三者協議においては、財政再生計画に新規登載した事業の現在までの進捗と、一部成果が出ているものについて確認した。また、事業を進めるうえで生じた課題についても協議したうえで解決に向けて三社で認識を共有した。

 

2.      財政再生計画に新規登載した事業の進捗と成果についてどのように報告したのか

  •   子育て支援について

・保育料の第2子目無料化に対する保護者からの声

・子供の居場所づくり事業における活発な利用状況

  • 若者定住について

・若年層・女性向け低家賃住宅整備の進捗

・これまで補助してきた民間賃貸住宅がほぼ満室となっている状況や入居率

  • 交通再編について

・今年10月からの路線バスダイヤ改正の状況とその対応

 

国、北海道からは、上記のすべての報告に対して、「夕張市に必要な取り組みだ。引き続き夕張市の地域再生の取り組みが円滑に進むよう、国・北海道が連携を取り合い、市の考えについてどのような対応が可能か検討をしていきたい」とのコメントをいただいたとのことです。

また、次年度以降の三者協議についても、市長からこれまで同様に進めたい旨のお話をしたところ、国・北海道双方とも、ご賛同いただいたとのことでした。